読書百遍意自ずから通ず

社長の為の本の読み方

活字中毒だった私

私は、昔から本を読むことが好きです。
活字がないと、どうも落ち着かない人なんですね。

そこで、とにかく、量を読んでいました。
おおよそですが、月に50冊はまあ平均して読んでいました。
もちろん本代はかなりかかります。

それがある時期を境に、本の読み方が変わってきました。

かれこれ10年ほど前でしょうか

事業で問題が生じた時に、かなり資金繰りに苦しんだ時期があります。
それは、日々の食費に事欠くほどでした。

そんな状態の時というのは、もう本など買うことができません。
それでも、本をとうしても読みたい。
そこで、以前に読んだ本を取り出してきて読むわけです。

すると、これがなぜか面白いのです。

確かに以前に読んだはずなのに、全く別の内容に思えてしまうのです。
このこと以来、同じ本を何度も読む形に読書の仕方が変わってきました。

気に入った本を数冊、机の上においておいて、気が向いたものを手にとって読む。
これを、何度も繰り返しています。

そして、この本はもう良いかなと思えたら、次の本に移っていく。
今はそんな本の読み方をしています。

本は読むタイミングで内容が変わる

同じ本であっても、読む時期や抱えている問題によって、読み取れる内容が全く別のものになります。
それは、受け取るこちら側の感情や経験などが違っているからなのですね。

これは、インターネットなどで検索しているだけでは、あまり得ることができないことです。
メールやネットのニュース、ブログ記事などは結局、飛び去って行ってしまって、ただ情報を入れているだけで、自分の中で醸成して体に染み入ってくるという経験がなくなってしまっています。

確かに現代はインターネットの普及で100年前とでは、入ってくる情報量が大きく違います。
しかし、本などの情報から受け取る知識の深さは、むしろ、昔のほうが深かったのではないかと思えるのです。

うちの子供は、あまり本を読みません。
ネットからの情報こそが、正しいと思いこんでいる節があります。

しかし、これは間違いです。
現実の本を読むことのほうがよほど、役に立つものです。

本を読む時は行間を読もう

本を読む時は行間を読もう

たしかに、ネットに比べたら、本の方が情報量は少なくなります。
しかし、この少ないということのほうが良いのです。

それは、少ない情報を何度も読むことで、行間を読むことができたからです。
そして、多くの場合、この行間にこそ重要な部分が隠されていたりします。

著者の本当の意図は、この行間に込められているのです。

『読書百遍(ひゃっぺん)意(い)自(おの)ずから通ず』
という言葉があります。

文意の通じないところのある書物も、百遍も繰り返して熟読すれば自然に明らかになる。
乱読を戒(いまし)め、熟読が肝心であると説いた言葉です。

現代のネット社会は、誰もが乱読状態にあります。
しかし、それでは、しっかりとした思想や世界観が身につくことがありません。

あなたも、ぜひ同じ本を何度も繰り返し読んでみてください。
そうすることで新しい何かが見えてくるかもしれません。

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