やりたいと思っていることをまずやる

やれることはすべてやってしまったほうがいい

最近は、週1回、歯医者に行っています。
かれこれ、2カ月ほどになります。

もっと早くやればよかった

最初は、歯が欠けたのでその治療に行ったのですが、その際に、歯石があったので、それを取ってもらいつつ歯周病の治療です。
なかなか、歯茎の出血が止まらなくて、週一で近所の歯医者に通っています。基本的に、歯の質は良いほうなので、義歯とかは全くなく、今のうちにケアをしておけば、長持ちしそうなので頑張ってます。

実は、数年前から、歯茎からの出血が気になっていたので、もっと早くにやればよかったのですが、なかなか足が向かず延び延びになってました。間って不思議なもので、今すぐやったほうがいいことでもなかなか、始められないものです。

誰でも、先に引き伸ばしているものが、一つや二つはありますよね。私なんか、この文章を書きながら数えてみたのですが、なんと、15個もありました。

明日のことは誰もわからない

しかし、よく考えれば、誰もが明日、生きている保証はありません。
明日のことは誰もわからないのです。

だから、今、やりたい事、やるべきこと、先延ばしにしていることを、まず、やってみることです。
前々から、やりたいと思っていることを、まず、やることです。

たいていが小さな事ばかりで、すぐできることです。
しかし、だれもがそういったことを先延ばしにしています。

人生が永遠に続くと錯覚しているせいで

武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり

江戸時代中期に出版された『葉隠』に次のような一節があります。
「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」

先の大戦中に間違って解釈され、特攻、玉砕や自決時にこの言葉が使われてしまい、現在もこのような解釈をされることがありますが、これは、決してそんなことではありません。

『葉隠』の続きには、人は誰でもいつかは死ぬことは知っている。
しかし、それは、他の人が死んでしまった後のことであるかのように誰もが感じている。
だから、今を生きることができないのである。

とまあ、そんな意味の文章が続きます。

本来は、夜、床について朝起きる保証はどこにもない。
だから、常にいつ死んでも後悔しないように生きなければならない。
『葉隠』には、そう書かれています。

誰もが死という終わりに向かって歩いている

新聞の死亡欄には、毎日必ず誰かの名前が載っています。
そこに乗っている人たちは、まさか、自分が今日死んでしまっているとは、思っていなかったはずです。

人生というのは、死という終わりに向かって歩いています。
しかも、その道は、どこまであるか判らないのです。
次の一歩は道がなくなって、崖になっているかもしれない。

生きるということは、そういうことなのです。

だから、今、やれることは、すべてやってしまったほうがいいのです。
とりあえず、できることから、すぐ始めてみることです。

参考記事:[blogcard url=”https://xn--yckbb3f2a3gxc7g.com/impressions/not-know”]

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