誰も知らないお金の本当の正体

お金の正体と本質

私たちが、お金について知っているようでいて、あまり知らないと感じるのは、それが、あらゆるものの象徴になれるからです。

お金をこの象徴と混同して感じるからこそ、お金の本当の正体が見えなくなっているのです。

誰もがお金に向き合うと身構えてしまう

少し前に、アメリカのある大学で、興味深い実験が行なわれました。この実験では、いくつかの銀行のロビーで、人々が中に入って取引する様子を観察し、表情や目の動き、仕草、行動などのデータを逐一記録したのです。

その結果、ほとんどの人は、銀行に足を踏み入れると同時に、とても緊張することがわかりました。あなたも覚えがあると思いますが、銀行などのような、お金がたくさん集まる神秘的な場所に入った瞬間、人々は非常に真剣な気持ちになるのです。

この大学の実験では、他の様々な場所でも、同様の観察をし、真剣さや敬意といった要素を探したのですが、それが銀行ほど顕著になる場所は他にはなかったのです銀行以外の場所、たとえば教会でも、人々はそんなに身構えることはありませんでした。

この実験から見られる、人々がもっとも身構える状況は、じつはお金を扱うときだという事実から、人間はお金を大変重大な関心事とみなし、崇拝に近い態度を取っているということなのです。

まあ、こういった実験を大学がやってしまうことが、アメリカの凄いところです。

お金の本質について誰も考えていない

ほとんどの人が、お金のことを思うとき、お金についての考え方には意識を向けることはなく、それを手に入れる方法、使う方法、そして、貯める方法に興味を抱きます。

つまり、ほとんどの人は、お金の本質について考察すること無く、ただお金のことばかり考えて過ごしているのです。

あなたのお財布から10,000円札を抜き出してよく見て下さい。
そこには、何が見え、そして、何を感じますか?

手で持っている紙が、お金の本質だと思いますか?
10,000円札を手に持ったとき、どんな感情が沸き起こりますか?
その感情を引き起こしているものは、何だと思いますか?
10,000円札を見ると、瞳孔が開くのはなぜですか?
たった一枚の紙切れがそんな多くの感情を、なぜ引き起こしているのでしょうか?

お金とは一つの「モノ」である

確かに、最も基本的な点は、お金は一つの「モノ」だということです。

そして、情報があふれる現代では、私たちはこのモノであるお金について、十分理解しているつもりになっています。

大抵の人が、お金を投資し、利息を計算できるし、お釣りがあっているか確認することができます。

そして、ほとんどの人は、お金が単なる、紙や金属のようなモノだと思っていますが、それはまったく違うのです。

周りを見渡せば、銀行や投資会社、金融アドバイザー、テレビの番組、そして、お金に対する、たくさんの専門家で溢れています。

「モノ」であるお金のために、いくつもの産業が成り立ち、豊富な知識を提供してくれています。

しかし、なぜか私たちは、いまだにお金で苦労しているのです。

お金はあらゆるものの象徴になる

「お金」という紙や金属は、一定の価値を表す象徴に過ぎません。

そして、「お金」真の姿を理解しにくいのは、「お金」が、あらゆるものの象徴になっているからです。

お金は、私たちが憧れ、望み、一方で怖れているものや、自分が持っていない物の代わりになります。欲しがり、必要とし、見下し、追求し、信じるものの代用品になります。

お金で成功を測り、幸せを買い、あるいは買おうとします。

「お金」という紙や金属は、本来は力を持たない物体であるはずなのに、私たちがそれらに力を与えてしまっているのです。

また、「お金」という紙や金属を、特別なものにしているのは、私たちが他の人たちと、合意を交わしているからです。

ただし、ここで注意をしておくべきことは、「お金」を円やドル、ユーロといった通貨と混同しないことです。

通貨には衣服や食物や住居のような、固有の価値はありません。
通貨は、せいぜい、それが通用する国にいる限り価値のあるものと交換できる程度です。

「お金」を通貨とみなすと、重要な本質を見落としてしまうことになるので注意が必要なのです。

お金の正体とは実在しないもの

紙幣と硬貨は「お金」そのものではありません。
確かにこれらは、お金を表しています。
しかしそれ自体は、お金ではないのです。

お金とは、その物体の根底にあるものを意味しています。
この根底に潜んでいるものこそがお金の本当の正体なのです。

では、その根底にあるものとは何でしょうか?

じつは、これを誰も見つけることはできません。

存在しない、「無」なのです。

私達は、存在しないものを欲しがり、恐れ、憧れを抱いているだけなのです。
つまり、お金の正体とは、人の求めるものが投影された、何らかの象徴でしか無いのです。

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