経営の本質とは何か?

経営の本質とは責任を負うということ

「本当のビジネスとは何でしょうか?」
「経営の本質とは何でしょうか?」

いきなりな質問ですが、コンサルティングなどで多くの社長さんたちの話を聞いていると、なんか、やっぱり少し違うなという気がします。

本当のビジネスとは何か

利益だけを追求し、人件費をできるだけ下げ、税金を1円でもすくなるように奔走する。そして、お客の夢や欲望を煽り立てて、とにかく売れて、利益だけが多ければいい。

確かに企業の目的である利益の追求から考えれば間違いではありません。しかしそれだけではないのです。

これは、小さな会社だけではなくて、大企業の多くも同じ状態です。確かにそうすれば、利益を増やすことができます。しかし、はたして、それで満足なんでしょうか?

税金を納めるということは、その地域に還元するということです。これをしないということは、その結果、地域や国が疲弊し、会社だけが内部留保をして膨れ上がる。

社会からの恩恵の上にたって、商売をしているのに、その社会にはできる限り還元をしようとはしない。これでは、まっとうな商売とは言えないのではないかと思うのです。

そんなことの為に、経営者は、自分の貴重な人生を費やして悔いは無いのでしょうか?

ほんと、声を大にして言いたい。人生とは一回しかないのですよ。それを、ただ商品を売ってお金を集めるだけの人生で本当にいいのでしょうか?

あなたの人生には期限があります

誰の人生にも期限があります。

私達のこの人生とは、期限付きなのです。全員が、一分一秒、終わりに向かって爆進しているのです。気がついたら、あっという間に、年老いてしまいます。そして、この過ぎていった時間は、もう戻ってこない。

これは、みんな知っていることです。みんな解っている事です。じゃあ、あなたは、何のために生きているのかということです。お金稼いで、豪華な家に住んで、贅沢なものを食べて、それだけで満足なのですか?

経営者の人は、ここを一度考えてみて欲しいのです。もちろん、これから経営者になろうとする人も同じです。

仕事をするという本当の意味

通常の人は、一日の1/3の時間を仕事に当てています。寝る時間や、食事の時間などの生きていく上で必要な時間を引くと、その大部分を仕事に費やしています。つまり仕事をするということは、どのような人生を生きるかということと同じなのです。

だから、どのような仕事をするかが重要になります。

たった一回のきりの人生を「知命」し、仕事を「天命」と信じる。そして、自分の「使命」とは、いったい何かをしっかりと把握して「立命」する。これこそが、仕事をするという本当の意味なのです。

経営とドラッカー

世界的な経営学者のP.F.ドラッカーは、その著書『マネジメント』で次のように書いています。

マネジメントはもともと権力をもたない。
責任を持つだけである。

その責任を果たすために権限を必要とし、現実に権限を持つ。
それ以上のなにものももたない。

『マネジメント』P.F.ドラッカー

 

経営をするということは、人を統制、管理する権力を持つことではありません。人の持つ強み・創造性を発揮させ、社会の利益につなげる責任を持つということです。マネジメントは、人を活かす責任、そして組織に高い成果を上げる責任を持つものなのです。
また、ドラッカーは『マネジメント』の序文で渋沢栄一を名指しし、

「私は、経営の『社会的責任』について論じた歴史的人物の中で、かの偉大な人物の一人である渋沢栄一の右に出るものを知らない。彼は世界のだれよりも早く、経営の本質は“責任”にほかならないということを見抜いていた」

こう、高く評価しました。

渋沢栄一の経営論

渋沢栄一は、その著書『経営論語 渋沢流・仕事と生き方』において、次の章句を引きながら企業の社会的責任に言及しています。

もし博(ひろ)く民に施して能(よ)く衆を済(すく)う有らば如何(いかん)。
仁(じん)と謂(い)うべきか。
子曰(いわ)く、何ぞ仁を事とせん。必ずや聖か。

「論語」

孔子の時代は今日のように商工業が盛んではなかったため、『論語』には商工業についての方法、すなわちいかにして商品をつくり売ればよいか、また商業道徳はいかなるものかということが一切説かれていない。

しかし、仁は道徳の基本であるから、人と人とが接し、また国家を治めるにも、みな仁が基本になると考えれば、当然実業においても仁が基本となる。政治にも個人日常の交際にも仁が必要なのに、実業にのみこれが不要ということはない。

私は会社を経営するにあたっても、当事者が利するだけではいけないと考える。

会社の利益を追求するのは当然であるが、同時にこれによって公益を追求しなければならないと信じ、今日までその方針で万事にあたってきたつもりである。

これは、孔子が『論語』に説いた広義の仁を、現代の日本で実地に行おうとする意思によるものである。

経営の本質とは責任である

たとえ小さな会社や個人事業であったとしても、経営をするということは、責任を負うということです。

まず、お客さんに対して責任を負い、従業員に対して責任を負い、家族に対して責任を負い、そして、自分の人生に対して責任を負うのです。さらに、地域社会に対して責任を負い、世界に対して責任を負うことです。

自分の利益だけではなく、公益を追求することこそが経営の本質なのです。

具体的には、経営活動によって、利益を上げて、それを社会に還元すること。これこそが経営の本質だということです。

経営をするという意味

あなたが会社やお店を経営するということは、多くの人との出会いがある崇高な仕事です。ビジネスというのは、お客様の欲する時に欲するものを売ることです。お客様を満足させ幸福にさせる崇高な愛の仕事なのです。

そもそも、すべてのお客様は、とても寂しいのです。欲しいものや必要なものが手に入らなければ、幸福を味わうことができないのです。あなたが提供しなければ、その寂しさは癒されません。お客様の寂しさを満足させることが仕事なのです。

経営をすることとは、言い換えれば愛の仕事なのです。下手な宗教家なんかよりも、立派な愛の仕事をしてるのです。

あなたのビジネスを自分の使命として、一生の仕事として人生を全うできるかどうか?
お店や会社の経営は、一重にここを意識できるかどうかにかかっているのです。

実際のところ、マーケティングのテクニックや、多くの手法などは、枝葉末梢にすぎません。

だからそんなものは、実際には無くたって大丈夫です。
もちろん、あればそれにこしたことはないですが、それに頼ってはダメなのです。

顧客は嘘を見抜く

どんなに上手に売ったとしても、顧客はちゃんと嘘を見抜きます。
そして、だまされたと知ると敵に回ってしまいます。

それよりも、その心根の根本にお客様への愛があれば、それはちゃんと伝わるのです。

顧客をただ利益の対象と考えて

「あのお客からはいくら儲かるか? 」
「このお客からはいくら儲かるか?」

そんなことしか考えないのであれば、なんという、哀しい仕事でしょう。そんなものは一生を貫く仕事ではありません。経営をするということは、そんなものではありません。ビジネスとは、顧客にあなたの愛を伝える仕事なのです。

「会社の経営を通じて愛の伝道師になること。」

これが、私が伝えたい経営の根本部分なのです。

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